学者でもわからない謎の水番城(私の祖父たちは見張り城と言っていた。水番城という名称は最近のおしゃれな研究者が作った名称だと思う)北側東側南側には敵の攻めを防ぐための鋭い堀切があるけれど橋倉側には堀切がない。なぜだろう。水番城はよくある山城だからほったて小屋みたいなものだと思うが、あのせまいてっぺんのほったて小屋に番人が何人いたんだろう。知らせる時は狼煙を上げて知らせていたのだろうか?見張りができるほど見晴らしがよかった当時の山はどんな樹木が茂っていたんだろう?そうそう・・・当時の植生も知りたくなってきますね。

ほら、想像力はますます加速していきます。わからないことはなんて魅力的なことだろう。橋倉は魅力で満ちている。


 

ここをクリックするとA3サイズのpdfデータがダウンロードできます。

等高線モノクロA3サイズのpdfデータはここ。

セブンイレブンでA3プリントすればきれいに仕上がります。必要な方がいたら遠慮なくプリントして差し上げてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



                                

hashikuravision@gmail.com